熊本城の石垣には板碑が使われていた!? 400年の時を超え観音様現る!

先月からの一連の地震で大きな被害を受けた熊本城ですが、

なんと、

崩落した石垣の石から

戦国時代に彫り込んだとみられる

観音菩薩が見つかったとのことで、

インターネット上で話題になっているみたいですよ。

 

まさか城の石垣の中に観音菩薩がいるなんて

思いもよらなかったに違いありませんからね。

今回のように石垣が崩れるなんてことがなかったら

永遠に見つからなかったと思います。

 

 

熊本城で地震の被害があった石垣53か所のうち、

北大手櫓門跡では、

石垣が隣接する「加藤神社」の境内に崩れました。

 

神社の宮司が被害を確認したところ先月24日、

石に彫り込まれた観音菩薩を見つけたみたいです。

観音菩薩は、

背丈が40センチほどで、後光が差し、

ハスの葉の上に乗っている様子が描かれています。

 

 

熊本城調査研究センターによりますと、

この観音菩薩は、

戦国時代に一般の人たちが先祖を供養しようと、

「板碑(いたび)」と呼ばれる

板状の石碑に彫り込んだものだということです。

 

板碑は中世仏教で使われた供養塔です。

基本構造は、

板状に加工した石材に梵字=種子(しゅじ)や被供養者名、

供養年月日、

供養内容を刻んだものです。

頭部に二条線が刻まれるのが一般的ですが、

実際には省略される部位分もあるらしい。

 

 

その後、

江戸時代に、

熊本城の石垣を造る際、

急いで石を集めたために、

身近にあった板碑を石垣の石に転用したものとみられてまして、

およそ400年の時を経て

今回の地震で出現したと考えられています。

 

 

400年ですよ!400年!

それまでの間、

ずっと石垣の中で眠っていたということですよね。

あまり良い目覚めではなかったとは思いますが、

逆にこういう時期だったからこそ

悲しいニュース以外の熊本の出来事を聞くことができました。

これからは外から熊本のことをを見守ってくれますよね!

 

 

 

観音菩薩を発見した加藤神社の湯田崇弘宮司は、

フェイスブックを通じて

「永い時を経て現れたこの観音様に思いをはせると胸が揺さぶられる」

と思いをつづり、

13日までの3日間に1600人以上の反響がありました。

湯田宮司は

「地震の被害が大きく、

悲しいことばかりでしたが、

観音様を見て自然と手を合わせました。

私たちのことをこれからも見守ってくれると思います」

と話していました。

 

また、

熊本城調査研究センターの美濃口雅朗主幹は、

「期せずして熊本城が造られる前の歴史を

かいま見ることができる資料が見つかりました」

と話していました。

 

 

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